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スタッフ日誌

長野県東信、北信城巡り

2026-06-05
皆様、こんにちは。 品質管理・企画課のHです。
今回は「小諸城」「上田城」「松代城」の三城を訪ねてきました。
今回の見学で、ついに日本百名城スタンプも26個目と全体の4分の1を超えました。
 
最初に訪れた城は、小諸城です。
小諸城の歴史は古く、平安時代から続くとされますが、現在のような姿になったのは戦国時代のことです。武田信玄の信濃侵攻の拠点として、重臣の手によって縄張りがなされたと伝えられています。
その後、江戸時代に小諸藩の初代藩主仙石秀久によって、今に残る見事な石垣や「大手門」「三の門」が整備されました。
小諸城の最大の特徴は、城下町よりも低い場所に城郭がある「穴城」という構造で、日本で唯一といわれています。守りが弱い城かと思ったのですが、川が削り取ったとされる深い谷が刻まれており、地形を利用した守りに強い城であったことが見てわかりました。
現在は「懐古園」として整備されていますが、ここが単なる歴史遺構ではなく、「憩いの場」として地域で生かされており、うらやましく思えてきました。
 
次は、真田の歴史を語る上で欠かせない2城です。
上田城は1583年に真田昌幸によって築かれた平城です。皆さんもご存じの通り、二度にわたる徳川軍の猛攻を退けた「不落の城」と呼ばれています。しかし、関ヶ原の合戦後に破却され、藩主であった真田信之は松代へ移封となりました。その後、小諸から入封した仙石氏により城が再興されたとのことです。復元された東虎口櫓門や県宝西櫓などを見学しました。
続いて訪れた松代城は、武田信玄が川中島合戦の拠点としてとして築いた城で、海津城と呼ばれたとのことです。その後城主が代わりながら、真田信之が入封し、三代藩主幸道の時に松代城と改称されたとされています。近年に復元された太鼓門や北不明門、1864年に建築された松代城の城外御殿(真田邸)など見学することが出来ました。
歴史に興味がある方は是非訪れてみてください。
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